(社)日本麻酔学会による麻酔偶発症例調査の1999年~2003年までの5年間の5,223,174例の結果によると、手術中に起きた偶発症*による死亡率は1万例あたり6.78例で、そのうち麻酔が原因で死亡する率は0.10例(10万例に1例)程度です。
手術前の全身状態が悪いほど、緊急手術であるほど、偶発症発生率や手術中、手術後の死亡率は増加します。一方、麻酔管理が直接の原因で死亡される方の割合は高くはありません。
*偶発症―手術中に起きた心停止、高度低血圧、高度低酸素血症、その他と定義
手術中および手術後の死亡率 | 麻酔管理が原因である死亡率 | ||||
(1万例あたりの人数) | (1万例あたりの人数) | ||||
術前状態 | 定期手術 | 緊急手術 | 定期手術 | 緊急手術 | |
1 | 手術する疾患以外の全身疾患を有しない | 0.28 | 0.33 | 0.01 | 0.08 |
2 | 高血圧や貧血など軽度の全身疾患を有する | 1.51 | 2.60 | 0.06 | 0.14 |
3 | 高度の全身疾患を有する* | 10.46 | 32.30 | 0.17 | 0.57 |
4 | 生命に関わる重症疾患を有している | 60.79 | 359.70 | 0.00 | 3.66 |
5 | 生存確率が低いと考えられるが、手術以外に救命の手段がない | 64.10 | 1732.48 | 0.00 | 3.56 |
3*インスリン治療を必要とする糖尿病や人工透析を必要とするなど
心停止 | 高度低血圧 | 高度低酸素血症 | |
全身麻酔法のみ | 0.41 | 1.20 | 2.66 |
全身麻酔法+局所麻酔法 | 0.70 | 1.88 | 1.42 |
局所麻酔法のみ | 0.60 | 2.12 | 0.30 |
1万例あたりの発生人数
気管にチューブを入れる操作や、麻酔から目覚める時に歯を食いしばることにより、グラグラした歯や義歯が損傷することがあります。
声帯は気管にある膜で、声を出すのに使います。気管にチューブを入れるときや、長時間の人工呼吸で声帯に少し傷がつき、麻酔から覚めたあと、喉の痛みやかすれ声になることがあります。これは数日で自然に治ります。
まれに、この傷がもとで声帯肉芽腫(粘膜が盛り上がる)ができることや、声帯を動かす反回神経が麻痺することがあります。このような時は声を出しにくい、むせるといった症状があらわれ、回復までに時間がかかることがあります。
麻酔中や麻酔直後は、胃の内容物が気管内に入り、ひどい肺炎が起きることがあります。そのため、手術前の絶食・絶水の指示は必ず守ってください。
誤嚥性肺炎を起こしやすいのは、消化管に通過障害のある方、胃に食べ物がたまっている方、妊婦さん、お腹に大きな腫瘍のある方、外傷を受けた直後の方などです。
吸入麻酔薬や喉にいれたチューブの刺激、あるいは使用薬剤のアレルギー反応で気管支痙攣(喘息発作)を起こす可能性があります。
喘息の持病がある方だけでなく、そういう病歴が無くても発作を起こすことがまれにあります。
麻酔や手術の消毒などで使用する薬が体に合わなくて、蕁麻疹があらわれたり、呼吸困難になったりすることがあります。
海外のデータでは1万人から2万人に1人の頻度です。
麻酔薬により筋肉が硬直したり、高熱が生じたりするといった危険な状態になる遺伝的な異常で、このような遺伝を持っている人は2万人から6万人に1人程度ときわめてまれです。
血縁の方に麻酔でこのような異常反応を起こした方がいれば主治医あるいは麻酔科医に必ずお知らせください。
脊髄くも膜下麻酔では硬膜に針を入れますが、手術後に脳脊髄液がこの穴から漏れ、脳圧が低下し、激しい頭痛が起こることがあります。
発生頻度は約0.5%(170~200人に1人)程度で、特別な治療をしなくても1週間程度で治まります。
予防法は、病室に帰った後、なるべく安静にして、急に頭を動かさないことや、許可が出たら水分を十分にとることです。
脊髄は腰椎上部までで、それより下の脊柱には馬尾といい、細い神経が縦に走っています。脊髄くも膜下麻酔は馬尾の部分に局所麻酔薬をいれるので、通常、太い脊髄は損害を受けません。
しかし、1万人から5万人に1人程度の頻度で、腰髄下部以下の神経支配領域の知覚異常、運動障害、膀胱直腸障害など(馬尾症候群)を生じることがあります。脊髄くも膜下麻酔の効果が切れてから臀部、下肢に激痛が生じる一過性神経症状もまれに報告されています。
血液を固める機能や血小板に異常がある場合、硬膜外麻酔で、背中に針を刺すときやカテーテルを抜くときに、硬膜の外に血腫(血のかたまり)ができて、神経を圧迫することがあります。10万人から15万人に1人の頻度で起こります。 硬膜外膿瘍は、カテーテルを介して最近が硬膜外腔に侵入し、発生する膿(うみ)のかたまりです。血腫と同様に、神経を圧迫して感覚や運動を麻痺させることがあります。
また、脊髄くも膜下麻酔でも、脊髄くも膜下血腫や脊髄くも膜下膿瘍ができることがあります。
硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔の効果が切れてしばらくの間、尿意を感じても尿が出ず、尿道に管を入れて尿を排泄させなければならないことがあります。
通常は1~2回の処置で自然に治ります。
痛み止めの薬がこのような症状を起こす可能性があります。症状が強くて我慢できないときは、看護師や主治医にお知らせ下さい。
まれにカテーテルが切れて体内に残ることがあります。局所麻酔をして取り出します。
手術に必要な範囲まで麻酔が効いていないために痛みが強くて我慢できない、あるいは手術が予定より長引いて麻酔効果が消えることがあります。この場合は全身麻酔に変更になることもあります。
脳内出血、くも膜下出血、高血圧の病歴がある方では、危険性が高くなります。
1300人~270人に1人(0.08~0.38%)の発生率が報告されています。
不整脈や脳梗塞の病歴のある方では危険性が高くなります。
1.8~3.0%程度の発生率が報告されています。
心筋梗塞を起こして死に至る頻度は21%、一度心筋梗塞を起こしている人で再梗塞を起こす頻度は7.7%、特に心筋梗塞を起こして3ヶ月以内の手術の場合の発生頻度は17%~35%前後と報告されています。
多量の血栓(血のかたまり)などが肺の血管に詰まると呼吸困難、胸痛、ときに心肺停止を引き起こすことがあります。これが肺塞栓症で、一旦発症すると死亡率が10~30%を超える危険な病気です。「エコノミークラス症候群」と同じものです。
発生頻度としては0.008%~0.04%程度ですが、これが原因で死亡する頻度は17%(6人に1人)と報告されています。肺塞栓症が起こる主な原因は、下肢血流の停滞(血の流れがゆっくりになること)によって、足の太い静脈にできる血栓(深部静脈血栓)によります。長期間寝たきりの状態、および一時的に動けない状態(手術時)では、膝から足首までの筋肉のポンプ作用が弱っているか、機能が完全に停止していることがあるために血液が固まりやすくなり、この病気が発生しやすくなります。
手術後の深部静脈血栓の発生頻度としては10.8~31.3%と報告されています。深部静脈血栓が肺塞栓症の原因であった割合は報告により異なりますが、10~70%といわれています。
このため、手術中の肺塞栓症を防止する様々な予防法が考案され、実際に使用されています。
―肺塞栓症が発生しやすい方―
1.比較的高齢の方
2.肥満の方
3.妊娠している方、出産経験のある方
4.女性でピル(経口避妊薬)を内服している方
5.先天的に、または薬物などで血液が固まりやすくなっている方
6.心疾患、悪性腫瘍、脳卒中、下肢の浮腫・うっ血・潰瘍などの病歴のある方
7.喫煙者
8.長期間寝たきりの方
―肺塞栓症が発生しやすい状況―
1.特殊な手術:腹腔鏡下手術、下腹部手術(骨盤内操作)、多発骨折
2.特殊な手術中の体位:採石位、腹臥位
3.長時間の手術
―肺塞栓症の予防処置―
1.弾性ストッキングの着用
2.器械による下腿のマッサージ